Life In The UK テストに向けて。④

さてさて、お次に進みます~。


ヘンリー7世辺りから~。

彼は、わざと軍事力を弱くして
自分たちが強くいられるように仕向けていた。。


のだったが、息子の


ヘンリー8世が後を継いでから。。

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彼は正反対のことをし始める。

特に有名なお話は、
彼はキャサリン・オブ・アラゴン(Catherine of Aragon)と結婚をするも
子どもができないことが理由で離婚しようとするが
離婚をするにはローマ法王の承認が必要であった。
ローマ法王は、この離婚を却下した。

キレた(例えデスヨ)ヘンリー8世は
自分でイングランド国教会を作った。(脱カトリック)

これがイングランドの宗教改革になる。

こうすることによって、承認はローマ法王でなくて
イングランドの王様ができるようになるからネ。

ここからヘンリー8世は
自分に不必要な人材や反対する人々をことごとく切り捨てたり処刑していく。

この頃、
イングランドやスコットランドではたくさんの人が
ローマ教皇庁と対立するようになった。

この、ローマ教皇庁と対立する人たちのことを
プロテスタントという。


これでイングランドやスコットランドは
プロテスタント信者が強くなり、カトリックから離れていく。




ヘンリー8世は早くに一人息子を失ってしまった。
なのでその妹のメアリーが次の'女王になった。

。。。が、これもすぐに終わり、

次はエリザベス1世

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エリザベスは政府が弱体で、王権が限定された時代、
また近隣諸国の王家ではその王座を脅かす国内問題に直面していた時代におけるカリスマ的な実行者そして粘り強いサバイバーとして知られる。
弟と姉の短期間の治世を経た彼女の44年間の在位は王国に好ましい安定をもたらし、国民意識を作り出すことになった。



1588年 アルマダの海戦(Spanish Armada)

スペイン無敵艦隊のイングランド侵攻において、
1588年7月から8月(旧暦7月)に英仏海峡で行われた諸海戦の総称である。

結果は。。

イングランド&オランダの勝利。


。。この頃のスコットランド女王は
メアリー。(同じ名前が出てきてややこしい~わぁ。)


メアリーのお母さんはフランス人。。ということはカトリック。
。。で、宗教絡みでいろいろ危ない目に合ったらしい。
彼女は何度もエリザベス1世から女王の座を奪おうとする。

Wiki には彼女の色恋事件などいろいろ書かれている。。がそれは知らなくて良し。笑


エリザベス1世の時代辺りにいた有名人。

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フランシス・ドレーク  Francis Drake,

エリザベス朝のイギリスの航海者、海賊(私掠船船長)、海軍提督。
イギリス人として初めて世界一周を達成し、アルマダの海戦では艦隊の司令官としてスペインの無敵艦隊を撃破した。



エリザベス1世は子どもがいなかったので、
1603年、亡くなってから

次の王位継承者は一番
血縁関係の近い
スコットランド王でもあった
ジェームス6世がかけもちの王になった。

ジェームス1世として。

王は同じでも、
議会は別々でやっていた。



この時
アイルランドは、カトリック同盟を結んで国家を安定させていた。

1549年
ところがオリバー・クロムウェルも嘗てのテューダー朝と同様にアイルランド遠征を行い、カトリック教会は強制的に閉鎖されてプロテスタント支配が強まった。19世紀になるとジャガイモ飢饉が起きて、アイルランド人はアメリカ合衆国やカナダ、オーストラリアなどに移民して行った。


1642年
イングランド内戦(English Civil War)
は、清教徒革命においてイングランドで行われた、国王派と議会派の軍事衝突である。



ここでの重要人物。
オリバークロムウェル

彼はピューリタンである。

ピューリタンとは
(Puritan)は、イングランド国教会の改革を唱えたキリスト教のプロテスタント(カルヴァン派)の大きなグループ。市民革命の担い手となった。


1648年に再び決起したチャールズ1世を処刑し
1649年5月に共和国(コモンウェルス)を成立させた人。

11年間、王様のいないイングランドになった。



クロムウェルが亡くなってから、


追放した王を呼び戻そうということになった。。
(王の息子チャールズ2世)


ということで
1660年 王政が復活する。


1685年 ジェームズ2世が王に。
     彼はカトリックなのでまたちょっと揉めたりする。。


 ☆名誉革命。(Glorious Revolution)

は、1688年から1689年にかけて、ステュアート朝のイングランド王ジェームズ2世(スコットランド王としてはジェームズ7世)が王位から追放され、ジェームズ2世の娘メアリー2世とその夫でオランダ総督ウィリアム3世がイングランド王位に即位したクーデター事件である。



偉大なる革命(Glorious Revolution)


この革命によりイギリスのカトリックの再確立の可能性が完全に潰され、
イングランド国教会の国教化が確定しただけでなく、
権利の章典により国王の権利が制限され、イギリスにおける議会政治の基礎が築かれたからである。

ただしイギリスのカトリック教徒にとっては以後数世紀に渡る受難の始まりであり、イギリスの国王およびその伴侶がカトリック教徒であることは現在でも禁止されている。



。。。


宗教が絡んでいる戦いばかりやな。。




今日はここまで。。









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by akimomomayumomo | 2013-02-14 00:36 | VISA☆ | Trackback | Comments(0)