Life In The UK テストに向けて。⑤

お次。
テキストのページは17ページから~。


『立憲君主制』 (Constitutional monarchy)とは、憲法によって規定された君主制。


1688年以降、
議会が、いろいろ変わってくる。

選挙は3年に一度行われることになる。
(後に7年おきに変わる。現在は5年おき。)


選挙といっても、限られた人しか投票できないし、
女性なんてもっての他。
賄賂やら強制で。。。。の投票だったらしい。


この時、王はウィリアム3世、メアリー2世。
彼らに子どもはいなかったので、

親戚のアン が女王になった。


アン女王

アン女王の治世の1707年にイングランドとスコットランドの合同法が成立し、両王国はそれまでの同君連合からさらに統合を進め、グレートブリテン王国として一体化した。

このためアン女王は、最後のイングランド王位とスコットランド王位の保持者となり、またグレートブリテン王国の最初の君主となった。
なお、アイルランド王位はその後も18世紀の間は依然として分離されていた。


1801年 アイルランドもグレートブルテンに加わる。

しかし、

1922年 アイルランドは2つに分離してしまう。(北と南に。)
 
この時から今現在に至り、国名は

United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland.  
   


1714年 アン女王が亡くなり、議会はドイツから王になる人を呼んだ。


ジョージ1世

  この頃の重要人物。

ロバート・ワルポール


1721年から1742年。の首相。
イギリスの首相を最も長期間にわたって務めた人。


1745年 士族の反乱が起こる。

カロデンの戦い(Battle of Culloden)は、スコットランドで1746年に起こった、ジャコバイトによるグレートブリテン王国に対する最後の組織的抵抗である。(チャールズ・スチュアートが率いる。)

結果はブリテン軍の完勝。


同じく18世紀と言えば、、

哲学者たちも出てきた。
なつかしいあの人たち。

スコットランドから来た

デイビッド・ヒューム
アダム・スミス。


テキストでかなり自慢していること。


産業革命。


18世紀後半、イギリスが世界初の産業革命を起こした。

技術革新による産業構造の変化および経済発展のこと。
ここから資本主義社会、工業化社会が誕生する。


1656年と1680年~1720年
たくさんの難民、迫害されたユダヤ人が
フランスからロンドンにやってきた。
これらの人々は皆、教育を受けていたり、何かの技術者であった。

同じ頃、イギリスは
外国との貿易もさかんにしていた。

インドにある、
イギリス東インド会社 (English East India Company) はアジアとの貿易を目的に設立されたイギリスの特許会社である。
1833年には廃止。



奴隷貿易
もされていた。

イギリスのリヴァプールやフランスのボルドーから積み出された銃器その他をアフリカにもたらし、原住民と交換、さらにこうして得た黒人を西インド諸島に売却し、砂糖などをヨーロッパに持ち帰る三角貿易が発展した。
また、アフリカでは綿布の需要が多いことにイギリスの資本家が目をつけ、マンチェスターで綿工業を起こした。イギリス産業革命の基盤である綿工業は、奴隷貿易が呼び水となって開始されたことが注目に価する。

後に人道的あるいは産業的見地からの反対を受け、1807年にイギリスにて奴隷貿易は禁止された。


この時の重要人物。
ウィリアム・ウィルバーフォース(William Wilberforce)は、イギリスの政治家、博愛主義者、奴隷廃止主義者。奴隷貿易に反対する議会の運動のリーダーを務めた。

約200万人の奴隷が解放された。



1775~1815年

アメリカ独立戦争

この戦争によって、植民地住民はイギリスの支配を拒否しアメリカを政治的独立に導くことに成功した

きっかけはイギリス本国による課税の強化。



1815年
ワーテルローの戦い(The Battle of Waterloo)は、イギリス・オランダ連合軍およびプロイセン軍が(デューク・ウェリントン)、フランス皇帝ナポレオン1世率いるフランス軍を破った戦いである。


1853~1913年
Second British Empire と言われているこの時期、
沢山の国を占領したため、イギリスの人々は海外に移住し始めた。
(南アフリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ)
1300万人がイギリスを出て行った。

その代わり、
1870年~1914年
ロシア、ユダヤ系ポーランドの人々12万人が
迫害を逃れるためにロンドンへ移住してきた。


再び自慢げに。。

イギリスでは世界に先駆けて18世紀から蒸気機関の開発、改良を契機にして工場制機械工業の発達が促され18世紀の中ごろから産業革命が進展した。



1832年
改革法(Reform Act)が可決されて、57の腐敗選挙区が廃止され、議席は新たな人口集中地に配分された。

この頃、まだ女性は投票できない。


1923年
 男性:21歳以上
女性:30歳以上
複数投票権:大学卒業者には出身大学を選挙区とする大学選挙権が、居住する選挙区以外に事業場の土地や家屋を有している者も居住している地域とは別に選挙が与えられていた。


1928年
 男女、同じ年齢(21歳以上)で投票できるようになる。




1899~1902年
ボーア戦争(Boer War)は、イギリスと、オランダ系ボーア人(アフリカーナー)が南アフリカの植民地化を争った二次にわたる戦争。
(ダイヤモンド鉱山をめぐって。)


結果は負け。



今日は
ここまで。








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by akimomomayumomo | 2013-02-19 02:14 | VISA☆ | Trackback | Comments(0)